本には、不思議な力があります。
元気なときに読んでも何も感じなかった一行が、心が弱っているときには深く入ってくることがある。
反対に、若い頃には分からなかった言葉が、歳を重ねてから読むとまったく違って見えることもあります。
私自身、いろいろな本を読んできました。
その中でも、宗教家や修道者など、長い時間をかけて自分自身と向き合ってきた人たちの言葉には、ときどき立ち止まらされます。
派手な成功法則ではありません。
「こうすれば人生はうまくいく」という簡単な答えが書いてあるわけでもありません。
むしろ、どうにもならないときにどう生きるか。思い通りにならない人生をどう受け入れるか。そんなことを静かに考えさせてくれる本です。
今回は、私の心に残っている3人と、その著書を紹介します。
本は、読む時期によって言葉の意味が変わる
若い頃の私は、本を読むと「答え」を探していたように思います。
成功するにはどうすればいいのか。
強くなるにはどうすればいいのか。
迷わない人間になるにはどうすればいいのか。
けれど歳を重ねると、人生には答えの出ないことがたくさんあると分かってきます。
努力してもうまくいかないことがある。
自分ではどうにもできないこともある。
人との別れもある。
昨日まで当たり前だったものが、当たり前ではなくなることもある。
そんなとき、本に求めるものも少し変わりました。
答えを教えてもらうというより、少し立ち止まるために読む。
今回紹介する3人の本には、そんな読み方が似合う気がします。
1冊目|渡辺和子さん――置かれた場所で、どう生きるか
渡辺和子さんの本を手に取ったきっかけの一つは、やはりタイトルでした。
「置かれた場所」という言葉には、考えさせられるものがあります。
私たちはどうしても、「ここではないどこか」を考えてしまいます。
仕事が違えば。
環境が違えば。
あの人さえいなければ。
もっとお金があれば。
もう少し若ければ。
そう考えることは、誰にでもあるでしょう。
もちろん、つらい環境から離れるべき場合もあります。どんな場所でも我慢し続ければいい、という話ではありません。
それでも、自分ではすぐに変えられない状況の中で「今日をどう生きるか」という問いは残ります。
渡辺さんの言葉には、強く引っ張っていくような力というより、騒いでいる心を少し静かにしてくれるようなところがあります。
頑張れと言われることに疲れたとき。
自分だけが取り残されたように感じるとき。
そんなときに、静かに開きたい本です。
2冊目|酒井雄哉さん――「ムダなことなどひとつもない」
3人の中でも、私が特に何度も読み返してきたのが酒井雄哉さんの本です。
酒井雄哉さんは、比叡山延暦寺の僧侶として知られ、千日回峰行を二度満行した人物です。
しかし、私が惹かれるのは、偉業そのものだけではありません。
むしろ、その人物から伝わってくる飾らなさです。
ものすごいことを成し遂げた人なのに、言葉が大げさではない。
人生について語るときも、どこか淡々としている。
そこがいいのです。
私たちは、うまくいかなかった時間を「ムダだった」と考えてしまうことがあります。
失敗した仕事。
遠回りした時間。
うまくいかなかった人間関係。
若い頃の間違い。
できることなら消してしまいたい過去もあるかもしれません。
けれど、長い人生を振り返ったとき、その経験が後になって別の意味を持つことがあります。
だから私は「ムダなことなどひとつもない」という言葉が好きです。
今うまくいっていない時間まで、すぐに失敗と決めなくてもいい。
何年か経ってから、「あれがあったから」と思える日が来ることもある。
私はこの本を、人生が順調なときより、むしろ物事が思い通りに進まないときに読み返したくなります。
3冊目|宮崎奕保禅師――瀬戸内寂聴 また逢いましょう
もう一人、心に残っているのが、曹洞宗大本山永平寺の貫首を務めた宮崎奕保禅師です。
禅というと、難しい思想を想像する人もいるかもしれません。
けれど、宮崎禅師の言葉に触れていると、禅とは頭の中だけで考えるものではなく、毎日の生き方そのものなのだと感じます。
姿勢。
呼吸。
食事。
掃除。
人との接し方。
目の前のことを、目の前のこととして行う。
言葉にすれば簡単です。
しかし、それを毎日続けることは簡単ではありません。
私たちは、まだ起きてもいない明日のことを心配したり、終わった昨日のことを何度も考えたりします。
そんなとき、今ここに戻る。
宮崎禅師の言葉に触れると、「生き方とは特別なことではなく、今日の振る舞いの中にあるのではないか」と考えさせられます。
3人に共通しているのは「もっと頑張れ」ではなかった
今回あらためて3人を並べてみて、気づいたことがあります。
私がこうした本に惹かれるのは、強烈に背中を押してくれるからではないのかもしれません。
人生に迷っている人に対して、「もっと努力しろ」「絶対に諦めるな」と追い立てるような言葉ではない。
むしろ、今いる場所を見る。
遠回りした時間も受け止める。
今日の自分ができることをする。
その静かさに惹かれるのだと思います。
人は疲れているとき、正しい言葉さえ重たく感じることがあります。
そんなときに必要なのは、さらに自分を奮い立たせる言葉ではなく、一度立ち止まらせてくれる言葉なのかもしれません。
40代になって、本の読み方も変わった
同じ本でも、20代で読むのと40代で読むのとでは違います。
本が変わったのではありません。
読んでいる自分が変わったのでしょう。
経験した失敗も増えました。
思い通りにならなかったことも増えました。
その一方で、昔なら気づかなかった小さなありがたさにも気づくようになりました。
だから、以前は読み飛ばしていた一行で手が止まる。
これは読書の面白さの一つだと思います。
一度読んで終わりではなく、何年か経ってもう一度読む。
すると、その本が今の自分に別のことを話しかけてくる。
私が何度も読み返す本があるのは、そのためです。
心が疲れたとき、本を読むという選択肢
本を読めば、悩みがすべて解決するわけではありません。
現実が急に変わるわけでもありません。
それでも、本を開いたことで、自分の考え方がほんの少し動くことがあります。
「もう少しだけやってみよう」と思えることもある。
反対に、「今日はもう休もう」と思えることもある。
どちらも、そのときの自分には必要な答えなのかもしれません。
私にとって良い本とは、人生の正解を教えてくれる本ではありません。
自分で考えるための、小さな余白を与えてくれる本です。
今回紹介した本
今回取り上げた3人の著書は、それぞれ言葉の温度が違います。
- 渡辺和子さん――今いる場所や、自分の生き方について静かに考えたいとき
- 酒井雄哉さん――遠回りや失敗に意味を見いだせなくなったとき
- 宮崎奕保禅師――余計なことを考えすぎて、今に戻りたいとき
どれが一番というものではありません。
本には、読む人と読む時期との相性があります。
今の自分に引っかかる一冊があれば、それを手に取ってみる。それで十分だと思います。
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あわせて読みたい「春秋余話」
言葉について考えた随筆も書いています。
本に残された言葉も、結局はその人の生き方から出てくるものなのかもしれません。今回紹介した3人の本とあわせて読むと、「言葉」と「人」の関係をもう少し深く考えられると思います。
まとめ|苦しいときほど、静かな言葉を
人生には、自分を奮い立たせなければならないときがあります。
けれど、いつも強くいる必要はないと私は思っています。
立ち止まる日があってもいい。
迷うことがあってもいい。
そんなとき、先に人生を歩いた人が残した言葉を借りる。
本の良さは、そこにあるのかもしれません。
今回紹介した3人の言葉には、共通して大声で人を励ますようなところがありません。
それでも、読み終えたあとに少しだけ心に残る。
そして何年か経って、また読みたくなる。
私にとっては、そんな本こそ本棚に残しておきたい本です。

