人は、過去のことを考えます。
あのとき、こうしておけばよかった。
あんなことを言わなければよかった。
もう少し頑張っていれば、何かが変わっていたかもしれない。
そして今度は、まだ来てもいない未来のことを考えます。
この先、仕事はどうなるだろう。
健康でいられるだろうか。
家族は、自分は、これからどうなっていくのだろう。
過去と未来。
どちらも大切です。
過去を振り返るから学べることがありますし、未来を考えるから今日やるべきことも見えてきます。
けれど最近、私はもう一つ大切なものを忘れてはいけないと思うようになりました。
それは、「今」です。
今日という日は、意外と見落としやすい
朝、目が覚める。
ご飯がおいしい。
誰かと話して笑う。
身体を動かせる。
仕事を終えて家へ帰る。
夜になれば布団に入り、眠る。
何でもない一日です。
若い頃の私は、そんなものを幸せだとはあまり考えませんでした。
もっと何かが欲しかった。
もっと認められたい。
もっと先へ行きたい。
もちろん、そういう気持ちが人を前へ進ませることもあります。
今でも、やりたいことはあります。
けれど49歳になってみると、以前とは少し違うものにも目が向くようになりました。
今日も普通に一日を過ごせた。
それは、思っていたよりありがたいことなのかもしれません。
幸せは、大きな出来事だけにあるのだろうか
幸せというと、何か特別な出来事を想像しがちです。
仕事で成功する。
お金が増える。
欲しかったものを手に入れる。
目標を達成する。
もちろん、それも幸せです。
けれど、大きな幸せだけを待っていたら、その間にある何百日もの普通の日を見落としてしまいます。
天気がいい。
温かいものがおいしい。
よく眠れた。
身体が軽い。
家族が元気でいる。
誰かから「ありがとう」と言われた。
そんなものは、一つ一つを取り出せば小さなことです。
でも人生の大部分を占めているのは、おそらくこういう「小さなこと」の方です。
「感じ方ですべてが決まる」とは思わない
以前の私は、「幸運も不運も、自分の感じ方次第だ」と考えていたところがありました。
今は、そこまで単純ではないと思っています。
人生には、自分の考え方だけではどうにもならないことがあります。
悲しい出来事は、前向きに考えたからといって悲しくなくなるわけではありません。
苦しいときに、無理に「幸せだ」と思い込む必要もないでしょう。
ただ、それでも一日の中には、見ようとしなければ通り過ぎてしまう小さなものがあります。
朝の光。
季節の風。
温かい食事。
人の親切。
何気ない会話。
人生のすべてを自分の感じ方で変えることはできなくても、今ここにあるものに気づくことはできる。
私は、そのくらいに考えています。
過去は変えられない。未来はまだ来ていない
過去を消すことはできません。
私にも、思い出したくない失敗があります。
「あのとき、もう少し違う言葉を使えばよかった」と思うこともあります。
けれど、何度考え直しても昨日そのものを書き換えることはできません。
未来も同じです。
準備することはできます。
努力することもできます。
でも、明日何が起こるかを完全に決めることはできません。
そう考えると、自分が実際に生きることのできる時間は、いつも一つしかありません。
今、この時間です。
「今を生きる」は、好き勝手に生きることではない
今を生きるという言葉は、ときどき「先のことなど考えず、今日を楽しめばいい」という意味にも聞こえます。
私は少し違うと思っています。
健康のために今日少し歩く。
大切な人に今日言葉をかける。
やらなければならない仕事を今日一つ進める。
疲れているなら、今日は早く眠る。
未来を大切にすることも、結局は今日の行動に表れます。
だから「今を生きる」とは、未来を捨てることではありません。
まだ来ていない未来のためにも、今日を粗末にしないこと。
私はそう考えています。
49歳になって思うこと
若い頃は、一年が長かった気がします。
ところが歳を重ねると、一年が本当に早い。
春になったと思えば夏になり、気づけば年末になっています。
人生には限りがあります。
だからといって焦って生きたいわけではありません。
むしろ反対です。
限りがあるからこそ、何でもない一日を、もう少し丁寧に味わってもいいのではないかと思うようになりました。
よく眠れた。
身体が動いた。
ご飯がおいしかった。
誰かと笑った。
今日も無事に一日が終わった。
若い頃なら見過ごしていたことを、今は少し拾えるようになった気がします。
今日、一つだけ見つけてみる
特別なことをする必要はありません。
今日一日の中で、「これはよかったな」と思えることを一つだけ見つけてみる。
コーヒーがおいしかったでもいい。
空がきれいだったでもいい。
仕事が一つ片づいたでもいい。
何も思いつかなければ、「今日も一日終わった」でいい。
そういう小さなものを拾いながら生きていくことも、心を健やかに保つ一つの方法なのかもしれません。
まとめ|今を生きる
過去から学ぶ。
未来に備える。
どちらも大切です。
でも、その間にある今日を忘れない。
人生は、いつかやってくる特別な一日だけでできているわけではありません。
朝起きて、ご飯を食べ、人と話し、働き、笑い、ときには悩み、そして眠る。
そんな何でもない今日が積み重なって、いつの間にか人生になります。
幸せを大きなものだけに求めなくてもいい。
今日の中にある小さなものを、一つ見つけられればいい。
昨日でもなく、明日でもなく。
まず、今日を生きる。
最近は、それで十分なのではないかと思っています。

